1周年(名前の由来)

1周年(名前の由来)

はてさて皆様ご無沙汰しております。
なんと気がつけば中宿玄晏堂オープンから1年となります。
たくさんの方に支えられて感謝です
しかしだんだんブログのアップ率が悪く……
さて、1年経って今更ですが、玄晏堂(げんあんどう)って読めなかった方も多いのでは?
中宿はもちろん「中宿商店街」にあるから!ですが、玄晏って・・・
実は「玄晏」とは人物名
鍼灸の古代バイブルの一つに針灸甲乙経(しんきゅう こうおつきょう)という書籍があり、
その著書が皇甫謐(こうほひつ)→晩年に玄晏先生と呼ばれる人物です。
〈〜玄晏氏について〜〉
玄晏さんは幼い頃、叔父の養子となり育てられます。
家は貧しく学問も学ばずに遊んで過ごす日々…叔母は心傷めておりました。
  (厳しい幼少期 けれど自由な幼少期?)
しかし20歳を過ぎたころ、叔母の一言に心を打たれ、深く反省
一転!寝食を忘れて勉学に励み、時には本を片手に畑を耕すほどであったとか。
  ( +  + )
彼は朝廷に仕えることを好まず、度重なる招聘(しょうへい)も断り、
医学の重要性と万難を排して医学を修める決意を述べ
  (人はここまで変われるんですね)
のちに「帝王世紀」「陰陽暦術」「高士伝」「逸士伝」「烈女伝」「玄晏春秋」などの伝記を残しました。
  (勉学の鬼)
42歳の時に、病のために耳の障害と半身不随があらわれましたが、
意志は衰えることなく改めて医書を研究し、鍼灸文献の整理につとめ、
それまでの古典を分類整理し「黄帝三部鍼灸甲乙経」を編集しました。

こんな素晴らしい人物のお名前をお借りして『中宿玄晏堂鍼灸院』という名前になりました。
成人してから勉学を始め、医学や鍼灸学を学ぶことは
大変な意志と努力が必要だったと思います
古典や先人に学び続け、それを整理・発展し続けることを忘れずに、
私達も日々頑張って参りたいと思います。
々学び  迷わず
日の限り  心して
Nao

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tanaka administrator

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